Linux

2003年03月08日 土曜日

Meadow 1.99 Alpha6に移行

僕はメール書きとWebページの編集にEmacsを使用しているが、メインに使っているWindowsの環境のみEmacs 20.7(Meadow 1.15)で、Linuxではずいぶん前にEmacs 21に移行してしまっていた。昨年後半からMeadowのEmacs21化が進められて実用的に使えるようになってきたので、そろそろ移行してダメ出ししようと思い立ち、移行に踏み切る。
まぁ特に問題ない模様。なかなか快適です。次はCygwin環境のEmacsの設定だな。

2003年01月31日 金曜日

新旧交代

携帯電話を買い換えた。あまり意味はないんですが、電池の持ちがもう限界だったので。(マメに充電しているのだがなぁ、僕の用途で駄目となると普通には使えないな。) まぁ使っていたのはDocomoのSO502iWMなるメモリースティックを入れられて、音楽が聴けますと言う電話なのだが、MP3が再生できないんだったら意味ないじゃんと言うことで、その機能は放置されてました。
で、今回の電話は電話番号変えるのがめんどくさかったのでDocomoの電話なのだが、最近職場の仲間内で流行っているD251iという、またまた意味なくメモリースティックがついていて、意味なく写真が撮れる携帯電話にしてみたのである。まぁこういう訳の分からないギミックで遊んでみるというのは重要だろうということで。
なんかやたら画面は綺麗(26万色も出るんだったら当たり前か)とか、写真もそれなりに綺麗とか、32和音になっていままで使っていた着信音を再度ダウンロードし直したら、違う曲にしか聞こえないとか。なかなか楽しいのである。まぁ重さは対して変わらず、ちょっと小さくなったという感じで、ぼちぼち使い方を研究しようと思う今日この頃なのである。

2003年01月07日 火曜日

USB Ethernetアダプタ LD-USBL/TX

Viola(VAIO C1 VR/BP)のネット接続の話であるが、今までPCMCIAのネットワークカードを使ってきた。が、PCMCIAポートは1つしかなく、代替が効かないのでUSBなネットワークアダプタだなと思い至り、なんの調べもせず。上記アダプタを年末に購入した。(ちっとは考えろと言いたいかも知れないが、それは僕とて同じである。)
USBポートも一つしかないが、USBにはUSBハブというそれなりの味方がいるので、PCMCIAより酷くないのである。PCMCIAにはうちにあるストレージ物(CD-ROM/Compact Flash/Microdrive)と結構重要な物ばかりなので、ここは空けておきたいのが人情ってもんだろう。
Windowsで使えるのは当然なのでつまらないが、Linuxでは怪しく認識するが、そのままでは使えなかった。微妙な設定が正しくないのだろう。そこでインターネットを彷徨えば、世の中似たような悩みを持っていて解決している人がいるもので、あっさり情報が見付かる。忘れないようにメモである。カーネルソースのdriver/usb/pegasus.h をちらっと以下の部分を追加。

2003年01月03日 金曜日

休日の会社は寒い

今日も外は随分寒かったが、休日中のせいか出勤している人も少ないので、事務所も寒い。風邪引きそうな感じなので、仕事がきりのいいところまで進んだので、早めにあがることにした。

Exifについての調査

電子的なアルバムをさくっと作りたいなぁと思い立ち、撮影データをデジカメ画像から抜き出すようなツールを作って、Rubyの勉強でもしようと言う感じであるが、Googleに尋ねれば、休刊してしまったLinux Japanの連載記事に求めているものが掲載されていることを発見。でも載っていたソースのうちExifのヘッダ部分の定数定義部が省略されていて、付属CDROMのソース頼みな状態。
libexifのラッパーであるruby-libexifなんて言うツールがあるんだけども、rubyだけでできても良いんでないかと思うんだよねぇ。(確かにあるものを使うので、良いとは思うんだけど。WindowsのRubyでどう使うかと言う悩みはあるので。)

2003年01月01日 水曜日

今年もみなさまよろしく。

ここを読んでいるみなさん、昨年は本当にお世話になりました。ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。ということで、「一年の計は元旦にあり」とのことなので、今年はどういう戦いを展開するか、今年の戦術・戦略を主要な分野別にまとめておこう。(今年は喪中のため、年頭の挨拶はこの辺で)

2003年の展望

はじめに、概況

2003年の活動分野における戦術・戦略に関する展望を分野別に述べることにしよう。昨日の文章をアレンジして書いているので似たような展開だが、去年の延長線上にある訳だから。
経済的な状況に関しては今後も流動的。抜本的に良くするには転職するしかないと踏んでいるが、めんどくさすぎるので、どうするのかよく分からない。まぁ将来のことも考えて行かねばならないし、そろそろ貯金とかもしなければと思わないでもない。別に何か当てがある訳ではないのだが。
最近体調をことに壊し気味なのと太り気味(おそらくストレスから来るものと思うが)で、食生活を改善せねば、どうしようもないな。とりあえず5kg程度は痩せないとなぁ。着る服が無くなってしまう。と言うことで、注意することとして、最近壊れ気味な精神状態も何とかせねばなぁ。

2002年12月31日 火曜日

今日で2002年もおしまい

今年は、こないだ2001年もおしまいなんて記事を書いた気がするなぁと思わなくて、実にいろんな事があってやけに昔に書いた気がするのである。でも、気が付くともう今年もおしまい。今年お世話になった方々はいっぱいいて名前を挙げきれないが、今年1年本当にありがとうございました。来年もよろしくお願いします。
ということで、大晦日と言うこともあって、行く年に思いをはせて、今年はどういう戦いの1年だったか、今年の戦術・戦略とその戦いの成果を主要な分野別にまとめておこう。(と、ほぼ去年と同じ文章にしてみた。断じて_手抜きではない。_)

2002年の総括

はじめに、概況

2002年の活動分野における戦術・戦略に関する概況を分野別に述べることにしよう。
今年は、会社の状況が思わしくなく、経済的には惨憺たるものだった。当初、上期中は良化しそうにないと思っていたが、4月以降は給与カットでさらに拍車がかかった状況。。質素倹約に励まねばと思ったが、思った以上に出費が多く、収支的に±0で済んでいるところが素晴らしいところ。とはいえ、そろそろ貯金とかもしなければと思わないでもなく、将来について多少考えねばと思う今日この頃である。
最近体調をことに壊し気味なのと太り気味(おそらくストレスから来るものと思うが)で、食生活を改善しなければならないが、どうしようもないな。注意することとして、最近壊れ気味な精神状態も何とかせねばなぁ。
今年の大きな事件は、7月に父を亡くしたこと。最後に父を見た時には、すっかり老けたなぁと思わないでもなかったが、かなり元気だっただけにあと何年も生きていそうな感じだったが、突然亡くなってしまった。人生の儚さを感じた1年でもあり、いろいろな方々にお世話になった1年でもある。ありがとうございました。また父が亡くなる1週間前に父に会う機会をくれた石川君にどれだけのありがたいと思ったか分かりません。本当にありがとう。

2002年12月30日 月曜日

今日はいろいろ買い物

今日は時間があるので、いろいろ買い物のため、仙台のヨドバシカメラに行った。天気がいまいちなので、陽のある時間に戻ってくることとした。

VAIO C1用メモリ

我が家の携帯用端末 VAIO C1 VR/BP用なのであるが、Linuxのカーネルコンパイルをしていると、恐ろしく頻繁にディスクアクセスするので、メモリが足りないんでしょうと言う結論にいたり、メモリの増設を決定。著指したところ、最大256MBのモジュールまで足せるのであるが、お値段を調べると、_128MBが5000円、256MBが18000円_だそうだ。投資効果を考えても128MBで十分だろうと言う結論にいたり、128MBを足して全部で256MBとなった。
家に帰ってLinuxのカーネルコンパイルなどしてみたが、恐ろしく快適。やっぱりあの時間のかかりようはメモリ不足によるものだった。あとWindowsMeを使ってもそれなりに快適なんだろうけど、WindowsMeを使う事ってなかなか無いんだよねぇ。(WindowsXP Home Editionにした方がいいかなぁ。)

2002年12月28日 土曜日

IPv6 over IPv4 Tunnel (2)

昨日はローカルからしかping6が帰ってこないと言うところで挫折という感じであったが、今日は状況の切り分けを行うために、FreeBSDを別マシンにインストールし、検証してみることとした。(IPv6に関してはBSD系OSの方がこなれているし、リモート側で設定につきあっていただいているゆうじさんが分かりやすいと言う話もあるので…) 今日やった作業は以下の通り。

別のPCにFreeBSDをインストール。

いかんせんPentiumなマシンにネットワークインストールなので、これが一番かかった。

2002年12月26日 木曜日

VPN over SSH

僕の家でのネット接続はNATなLANに対してなので、普通のクライアントだけという使い方では問題ないが、僕はコンテンツを見るだけの人ではないので、グローバルIPアドレス引けないところにいるのは、なんだかいただけないのである。そこでグローバルIPアドレスが引けるところ(ymzk.org)までVPNを張って、そこからIPv6な世界に飛び込もうと言う算段なのである。今回はお手軽にVPNを引けると言う話の、VPN over SSHの方法を家属MLでゆうじさんに習ったので、Linux(Debian)という環境に特化して、書いてみることにする。おそらくどの環境でも似た話だと思うが…
今回は、pppdでつないでみることにする。(というか、それで十分だと思う。)
なお「待ち受け側」まで込みのメモは、http://www.gentei.org/~yuuji/rec/pc/memo/2002/02/01/を参照のこと。
上記のメモだと SSH-1 で設定を行っているが、いまやどのOSのOpenSSHも SSH-2がデフォルトなんで、いまはSSH-2を使うこととする。鍵を作って公開鍵をVPNの接続先のサーバ管理者に送付する。公開鍵はこんな感じにして作る。(pppdはrootで実行なので、鍵は/root/.ssh 以下に作成することとする。) パスフレーズは ssh-agentを使えばちゃんと設定しても行ける気がするけども。今回はパスフレーズは空でためした。どうせ公開鍵を送って、秘密鍵を持っていないと接続できないんだし。
# ssh-keygen -t dsa
鍵の名前はわかりやすい名前にするといいかも。ホスト hogehogeにつなぐなら 秘密鍵:/root/.ssh/id_dsa-hogehoge, 公開鍵:/root/.ssh/id_dsa-hogehoge.pub 等とすればいいんじゃなかろうか。対話的に鍵のファイル名を聞いてくるので、まぁ適当に答える。
うまくsshで接続できるか確認。(/root/.ssh/known_hostsに接続先を登録するという意味合いもある。)
# ssh -2 -i /root/.ssh/id_dsa-hogehoge -l vpn hogehoge.foo.bar w
これで、すんなり w コマンドの出力が得られたら、sshの設定は完了。
次にpppdで処理するスクリプトを作成。/etc/ppp/vpnssh-hogehoge と言うシェルスクリプトを作って、実行属性を付けておく。

2002年12月21日 土曜日

TLUC 大忘年会2002 〜IPv6とセキュリティで年忘れ〜

今日は東北Linuxユーザ連合会(TLUC)の忘年会と言うことで、蔵王ハイツにて、IPv6とセキュアなサーバー構築というテーマ(二者択一)の講義付きという贅沢な忘年会に参加。
IPv6の方は、USAGI Project吉藤さんによる、「IPv6をLinuxで使う方法」という内容で、クローズドなIPv6ネットワークの組み方・グローバルな環境への接続方法を中心として、LinuxにおけるIPv6の利用方法を講義していただいた。
セキュリティの方は、(株)ファム 根津さんによる、具体的にLinuxを用いて自宅内サーバーを構築し、どのようにして、人に迷惑をかけないサーバーを構築していくかをLinuxにおけるセキュリティセミナーで有名な講師と共に考えていこうという内容で、講義をしていただいた。
二者択一の厳しい内容の選択であったが、今年の第一目標は_IPv6を使う!_だっtので、迷わず選択。kernelコンパイルに時間がかかりすぎたので、補習までしていただいて、無事IPv6 Readyな環境になった。アドレスの手動設定・他ノードとの接続の確認・近隣探索情報の取得・静的経路制御の追加と確認と削除・トンネルの掘り方と削除の仕方・bindとapacheの設定など、内容もりだくさんであった。吉藤さんに多謝なのです。
と言うことで、徹夜に近い状況でコンパイル・設定を行いながら飲み会と言うことで、有意義な一日だった。