2001年10月20日 土曜日

シェーンベルク没後50年

久しぶりに音楽ネタ。良く考えたら、今年はアルノルト・シェーンベルク没後50年のようだ。シェーンベルクといえば、「12音技法」の創始者で良くも悪くも20世紀の音楽に多大な影響を与えた音楽家であろう。僕はクラッシック音楽を聴くときにはそんな難しいことを考えて聴いたことはないので、いまいちどういうものか分からなかった。今日「音楽の友」という雑誌に掲載されていた池辺先生(N響アワーで有名ですね)の解説を立ち読みして、なるほどと思った。忘れないようにメモ。
普通気持ちよく聞こえる音楽って大概の場合は調性音楽とよばれる厳密なルールで書かれている。音の主従関係があって、このルールの下で厳密にしたがって音楽が作られている。ただ19世紀の後半あたりになると、リストやワーグナーやマーラーの音楽などは行き詰まりというか、調性音楽の破綻が見える。はたから聴いているとどことなく行き詰まった感じがしてそれはそれで良いのだが、明らかなブレークスルーが必要だったんですね。
一見調性のない音楽ってでたらめに音をつなげれば簡単に作れそうだけどもなかなか作曲は難しいらしく、音を乱雑に組み合わせたら駄目みたい。闇雲にやったら結構できそうな気がするが、「ドミソ」とかつづくとハ長調な曲になったりするわけで、システマティックな方法論が必要だったわけだ。
で肝は、**「ある音を使ったら他の11音を使い切るまで、その音を使わない。」**というルールだ。12音を平等に使おうという音楽の方法を開拓して実践したのが、シェーンベルクということになる。パソコンでランダムに音をつなげればいくらでもできそうだけども、音の集合から音楽にするには、リズムなどの音楽的なセンスが必要だから、まぁそれだけではなくて簡単ではないということだ。
僕はシェーンベルクの音楽初期の作品、つまり最後期のロマン派の音楽である「浄夜」(1899年作曲)と「グレの歌」(1910年完成)をこよなく愛聴しており、調性音楽を捨て去ったあとの音楽はあまり聴いていない。今度どのようなものか聴いてみようと思う。なお愛聴しているのは「浄夜」は弦楽合奏版がカラヤン/ベルリン・フィルの1973年の演奏とブーレーズ/ニューヨーク・フィルの1973年の演奏のものが気に入っている。カラヤン版は大編成で切れがないけどもロマンシズムたっぷりの甘い音楽で夢の世界へいざなってくれそうな感じ。ブーレーズ版は小編成できりっとした演奏でしょうか。ブーレーズは近現代の音楽を振らせたら右に出るものはいない感じですね。(最近はラトルもかなりお気に入りだけど。) 弦楽六重奏版はラサール弦楽四重奏団の1982年の演奏でしょうか(これしか持ってない)。一つ一つの旋律が驚くほど耳に入ってきてドラマティックに聴こえてよい。弦楽合奏版しか聞いたことがない人はこれを聴いておいて欲しい。
「グレの歌」の方は、ブーレーズ/BBC交響楽団の演奏のものしか持っていないが、これがベストな気がする。この曲はシェーンベルクの初期のころの音楽だけども、ワーグナーやマーラーの領域に並ぶか超えている大曲で美しい。デビューして数曲でロマン派の音楽の行き着く果てに行き着いちゃったんだから、もう「12音技法」に行くしかなかったのね。
シェーンベルクは20世紀の作曲家の中でも非常にとっつきが悪いというか、敬遠されている作家だと思う。とはいえ、「浄夜」や「グレの歌」はワーグナーやマーラーやR.シュトラウスを聴く人には難なく聴ける曲だと思うので、ぜひ聴いてもらいたいものだ。(僕も聴かねば…)

2001年10月17日 水曜日

写真関係 To Do

忘れないようにメモ。今後の物欲の向く向き。ただしお金はないので、不要機材を処分かな。
ミノルタ / α-9のMLスクリーン
ミノルタさんは他社ユーザー(Canon、Contax)のためにピントがつかめるスクリーンを供給してくれる善良なメーカーだ。EOSはスクリーンがスカスカでピントが合っていてもあっていなくてもマットの上では**「ピントが合っているように見える」のである。そこでミノルタのM型スクリーン(なぜかEOSのマットよりでかい)を試すこととなった。成功事例はいっぱいあるから、うまく削れれば問題ないでしょう。
Contax S2
最近EOSを使っていて、
「カメラに撮らされている」感じを強く感じる。ということでMFなシステムが欲しいという意見もある。どうせ買うんだったら完全にメカニカルな機材が欲しいのと、Carl-Zeissのレンズ(Planar 85mm F1.4と50mm F1.4)が使いたいので、必然的にこのカメラ。問題はもう生産が終わってしまい中古しかない状態なので、見つけたときは速攻で買いということにしておかねば。
Planar 85mm F1.4
言わずと知れたCarl-Zeissの名玉。ポートレートを撮り続けるなら85mmは欲しい画角だが、キヤノンにはこの明るさのレンズはなく85mm F1.2というクレイジーなレンズしかないので、これは良いかもと思わないでもないが、いかんせんでかくて重い(約1kg)のだ。必然的に他社のものになるが、EOSを使っていると他社のAFレンズを使う気にもなれないので、MFということになる。するともうCarl-Zeissしかなかろう。実はこのレンズは日本製のレンズならば中古で買うと結構安いので、これは良いかもと思っている。絞り込めば鋭い絵が見れてすげーという感じではあるが、問題は開放付近の薄いピントを使いこなせるのかということになるのだが…(使いこなせないから中古で出回っているんだね。)
EF 135mm F2L USM
最近単焦点マニアになってしまったので、次の狙いはこのレンズかな。手ごろな画角と明るさが魅力。クレイジーなレンズではないが、堅実なレンズかな。銀塩EOSならポートレート用。D30なら210mm相当になるから、どう使おうねぇ。買うには70-200/2.8Lを処分か?
TS-E 45mm F2.8
ミノルタさんのスクリーンがうまく行ったら欲しいレンズ。(ただしD30もMLスクリーンにしたのちのことだ) このレンズはMFレンズなのでピントが見えないとつらいのよ。TS-Eは言わずと知れた
「ティルト」・「シフト」**が楽しめるレンズ。45mmというのは、銀塩ならポートレートと風景撮影用に、D30なら中望遠になるのでポートレート用になるのかな。使いまわしは難しいに違いないが、デジタルで練習しまくれば、身の回りの人が持っていないレンズだから、絵に差別化できるかなというのが狙い。
EF 200mm F1.8L USM
こないだ使ってますます欲しくなった。でも超高価なレンズなので宝くじしだい。(宝くじ買わねば。) 解説はするまでもなく、作例を見れば一発。
しばらく機材を買う資金がないので、じっくり考えることとしよう。一応優先順位順に並んでいるが、露出計もいずれ買わないとなぁ…

2001年10月16日 火曜日

泣いて馬謖を斬る

某大手電機メーカーF社の社長の言葉は今年の流行語大賞か?

「 くだらない質問だ。従業員が働かないからいけない。毎年、事業計画を立て、その通りやりますといって、やらないからおかしなことになる。」
至言だねぇ。彼はやっぱ何の不自由もしたことないお坊ちゃまなんだろうね。こう言う話って、そもそもの事業計画に問題があるわけでしょ。(だから下も無理な計画を立てなくちゃなら無くて、実現できんわけでしょ。) まぁ僕が社長だったらこういう言い方はできないでしょうし、馬鹿すぎますよね。こんな社長に多額の報酬を払っている企業っていったい… こんなんだったら僕でも社長ができるよ。いつでも代わってあげよう。経営責任をまったく取らないんだったらいいねぇ。
それにしても、こう言うえらい人の話を聞くと、銀英伝のシェーンコップ中将の警句が思い起こされますなぁ。こんな感じ。
結局のところ、あなたたち権力者はいつでも切り捨てるがわに立つ。手足を切り取るのは、たしかに痛いでしょう。ですが、切り捨てられる手足から見れば、結局のところどんな涙も自己陶酔にすぎませんよ。自分は国のため私情を殺して筋を通した、自分は何とかわいそうで、しかも立派な男なんだ、というわけですな。『泣いて馬謖を斬る』か、ふん。自分が犠牲にならずにすむなら、いくらだってうれし涙が出ようってものでしょうな(ワルター・フォン・シェーンコップ)
陶酔の涙を流せる経営者やら政治屋が多くてやっていられませんなぁ。

2001年10月15日 月曜日

R.P.Feynman / The Feynman Lectures on Physics

言わずと知れたR.P.ファインマンの「ファインマン物理学」の第1巻であるが、最近光学の部分と電磁気学の部分を読み返している。やっぱり物理の考え方のエッセンスが詰まっている楽しい本だ。電磁気学のあたりは単位系がアレだけども、思想自体は分かりやすく書かれている名著だと思っている。教科書というより講義録というべきもの。僕は特に光学はいい先生に恵まれなかったので、学生のころからこの本は愛読書であったが、いまさらながらいい本だと思う。天才が書いているだけあって難しいところはあるんだけども、物理を志す人は全体的に読むべき本だな。(無論、必要な部分はランダウの本を読んだりするのは当然だろうが…)